禁忌の森の最奥には『全てを終わらせる者』が眠っており、今も誕生の時を待ち続けている。 ……翼人の長が語った伝承が今、二人の冒険者の手によって終わりを迎えようとしていた。 白い花の咲き乱れる森、戦場というには静寂閑雅すぎる場所で始原の幼子と退治していたのは金髪の巫医の少女ミコトと痩躯の呪術師の青年ていけつあつだった。 全身の失血と打撲により熟練の戦士の一撃を遥かに超える威力にまで強化された等価交換の呪言ペイントレードは幼子に”言葉”が通じずとも幾度と無く繰り返され、 巫術を纏った刃は裸ながら鋼鉄の如き幼子の表側をすり抜け生物の源が詰まった臓腑を貪る。 人を超越した圧倒的な生命にも終わりはある。 上帝を下し竜や人の理を超えた魔物と戦った冒険者は己が経験を信じ、ひたすらに絶命の一撃をふるい続ける。 ……その答えは長い時間の果てにもたらされた。 立つのもやっとな怪我を負ったのていけつあつの呪言を受け、これまで仮面のように佇んでいた幼子の白い額にピシリと一筋の罅が入る。 相棒の作り出した致命傷を更に確実な物にすべくミコトは地面と壁を蹴り上げ飛び上がると、大きく仰け反った始原の幼子に組み付いて額に剣を突き刺す。 その瞬間、罅は一瞬の内に体全体に広がり空島が墜ちたのかと間違う程の悲鳴が轟く。 始原の幼子から漏れ出す光の奔流は辺り一面を飲み込んで、やがて光の晴れた花畑に立っていたのは冒険者だけだった。 「……やった」 ミコトは地面から剣を抜くとその先端に突き刺さっていた赤い瞳のような物体を手に取る。 扉の前で感じ戦闘中もずっと圧し掛かっていた重圧は空の果てに消え去り、この地に恐るべき魔物が居た事実も今や手のひらに収まる大きさになってしまった。 ……どんな怪物も倒してしまえば呆気ない物だ。 「終わったな……」 「感傷?急にどうし──」 ミコトが踵を返し戻ってくると突然ていけつあつが花畑にドサリと倒れこむ。 相変わらずひ弱な相方に軽口をたたく暇も無く、”ていけつあつと同じ“強い疲労感と眠気につられミコトも花の中に身を投げだした。 戦いが終わって気が抜けたのだろう。全身に刻まれた切り傷から打撲まであらゆる怪我が鈍痛を放ち始め、どちらともなく痛みにうめく声が小さく響く。 普通ならすぐに立ち上がって街に帰るなり治療するなり手を打つべきだが巫術を使う気力も相方を背負って帰る体力もとうに使い切ってしまった。 ……ハイ・ラガードで最強の冒険者である自分たちがこのような重体で街に帰れば確実に大騒ぎになるだろう、特に薬泉院の主治医はこの世の終わりのように騒ぎ立て自分たちをベッドに拘束するだろう。 ミコトの脳裏に小うるさい眼鏡の男が思い浮かんだが頭を振って周囲を見渡す。 魔物の気配どころか自分たち以外の生物の気配はどこにも無い、罠の影も天気が悪くなる様子も見当たらないのでほぅと一息つく。 皮肉にも部屋の主がいなくなったことでこの部屋は樹海で一番危険な場所から一番安全な場所になったのだ。 「……長いようで短かったな」 隣でひっくり返っていたていけつあつが口を開く。独り言のつもりなのかミコトの方に顔を向けず、ただまどろむような青い瞳は空を映しているだけ。 鳥も虫も、風すらない空の上ではこれまでと同じように白い雲と小さな天空島が浮かんでは流れていく。 これまでの迷宮では分からなかったが空の天頂部はわずかに濃い青になっており、ここまで登っても更なる上があるのかと予感させる。 ミコトは何となく天辺に手を伸ばしてみたがすぐにやめた。 「あたしたちは名実共に最強の冒険者になったのよ、もっと喜べばいいのに」 「疲れてるんだよ、黙ってろ」 「長かったって言っても一年と少しだけじゃない」 ”疲労困憊のくせに”寝返りを打ってまで話しかけてくるミコトにていけつあつは舌打ちしつつ、疲れた体に鞭打ってうざったい少女に背を向けた。 ……普段なら骨折していようが内臓がやられようがていけつあつがどんな態度を取ろうがお構いなしに甲高い声で喋りかけてくるミコト、だがこの時はそれ以上何も喋らずしばらくすると再度花畑に寝転がる葉擦れ音が響いた。 互いに干渉するでもなくミコトとていけつあつは禁忌の森の花畑に仰向けになって、同じように空を見上げていた。 時間の失われた白と黄色の花畑の中で仰向けになって寝そべっていると花と一緒に棺に詰められた死体でもなったかのよう。 それでも動き続ける心臓が自分たちがまだ生きて、あの戦いを生き延びたのだと声高々に叫んでいるのだ。 「それで、」 ミコトがボンヤリしていると不意に隣から話しかけられる。 チラリと視線だけ向けると仰向けに戻ったていけつあつは目つきの悪い顔のままミコトをじっと見つめていた。 ただこれまでのように挑発することも急かすことも無く、意志の籠もった眼差しで静かに相方の返事を待っている。 「なぁに」 「呪いも解いた、禁忌の森も踏破した、もう俺らがここに居る意味無いだろ」 「そうね……」 「これからどうするつもりだよ」 狩人の矢のように核心を突く青年の言葉にミコトは口をつぐむと自分の帽子を握る。 何とも小癪でむかっ腹が立つが……ていけつあつの言う通りだ。 こうやって二人で組んでいたのも全ては真名の呪いを解呪するため、禁忌の森の探索もその旅の延長線上でしかない。 四つの樹海を巡り、天空の城を発見し、更なる森を進み、新たなる人類すら屠ったギルド『マザーハーロット』の冒険は終わったのだ。 だが、ここで歩みを止めるつもりも毛頭ない。 「やめない。冒険者はやめないし、退屈なら別の場所へ行けば良い。 貴方もそうでしょ?」 「そうだな」 「勿論、貴方も手放さないわよ」 予想通り言葉を聞いた瞬間、眉間にしわを寄せて拒否全開のていけつあつの姿にミコトはしてやったりと高らかに笑う。 「……でも今くらいはのんびりしても良いかもしれないわね」 「珍しく同意見だな」 そこまで言って白い花に顔を埋めたミコトに一瞬ていけつあつは一瞬目を丸くしたが、すぐに意図を理解したのか鼻を鳴らし同じように花畑に身を投げだした。 ミコトも応えるようにクスクスと笑う、全身の負傷と鼻腔に広がる芳香は貴族の生家を飛び出さなければ一生出会う事は無かっただろう。 ていけつあつを拾わなければ他人の生い立ちも技術も、自分にも興味を持たなかっただろう。 ここまで自分を連れてきた青年は、騎士と言うには痩せぎすで無精者でちっとも高潔ではないが、ドミティアス・クラウディア・ローエンという貴族令嬢の人生を今やハイ・ラガードの迷宮のように色づけたのだ。 次はどこに行こうか、と少女は寝息を立て始めた相棒を見ながら緑の瞳を静かに閉じた。 二人の英雄に暫しの休息を……。