天空城の主、オーバーロード。 人の身体を捨て永遠の命を手に入れた機械仕掛けの神。 それが今、たった二人の冒険者の手によって千年の神の座から引きずり降ろされたのだ。 光の粒子となりながら暗雲の中へ崩れ落ちる彼を見届けたていけつあつは大きく溜息を吐いて床に座り込んだ。 「やーっとくたばったか……」 「もう復活しないのかしら」 「あんだけ術叩き込んだ上にあの高さから落ちたら死ぬだろ」 「そうね、ボロボロだったし。それに生きていたらもう一度倒せばいいもの」 血と傷にまみれているというのにミコトの緑色の瞳は未だに輝いて闘争心をくすぶらせている。それもそうかと、ていけつあつは呟いた。 強力な魔物を倒して、立ち塞がる者は退かして、邪魔をするなら排除する。 芋虫から始まり最後には機械仕掛けの神まで撃ち落とす。 その嵐のような本質を曲げることなくミコトは樹海で勝利してきたのだ。 ……とんでもない怪物を目覚めさせてしまったものだ。 「邪魔者もいなくなったし諸王の聖杯を探すわよ、ていけつあつ」 「面倒くせぇ、俺疲れてるんだからお前が探せ……ぐふっ!」 「あらよく聞こえなかったわ?貴方があんな呪いをかけなければこんな大変な目に合わずに済んだのに」 「いや真名の呪いに関してはお前の自業自得だろ。責任棚上げとか本当に生意気なクソガキ──」 沢山の機械やビンがあった大広間は今やあちこちから火花が散り無事な物の方が少ないありさまだ。 アーチ状の天井には先ほどの戦いで大穴が空いており、そこから少しずつ風と陽光が差し込んでいる。 主が居なくなった今、この城を雲の中に隠す理由もないのだろう。 「あ……!」 自分たちで散らかした瓦礫を撤去し諸王の聖杯を探しているうちにミコトが鋭い声を上げた。 その視線の先で、黄金の杯が宙に浮いていた。 ミコトが手を伸ばすと光に包まれていた聖杯は自然と手に収まり、ずしりと金の重さが伝わってくる。 両側には翼型の鍋の持ち手のようなハンドルがあり、表面には動物や植物の異常なまでに細かい飾り彫りと宝石がはめ込まれてる。 先ほどまで戦闘があったというのに傷どころか埃一つ付いていない様はそれが”完全”なる諸王の聖杯だという事を示していた。 「これが諸王の聖杯か……」 「聖杯を使えば不老不死になれるのよね、貴方ちょっとやってみる?」 「いやいやお先にどうぞお嬢様。お前がどんな化け物になるか気になって仕方がないぜ、ドラゴンか?」 「もっと強いのが良いわ。まぁこれで目的達成ね、後は呪いを解くだけよ!」 「まぁ待てよ。こっからは企業秘密だし”そこでジロジロ見てる奴”にはご退場願わねぇとな」 突然ていけつあつは後ろを振り向くと背後の城壁の一点を指差して睨む。 その直後に壁際に潜んでいた何者かがくぐもった声を上げてその場に倒れこんだ。 何とか逃げようとするその無様な背中を、ていけつあつはニヤニヤと笑いながら踏みつけてやる。 「ハイ・ラガードの紋章……大公宮の密偵か」 「あたしたちがちゃんと聖杯を持ち帰るか監視してたってとこかしら、随分信頼されてないのねぇ」 「……っ」 「なぁに、ちょっと聖杯貸して貰うだけだよ。後で大公宮へ持って帰るから、”お前は何も見なかった、帰って報告してこい”」 ていけつあつがハンドベルサイズの鈴を取り出し地鳴りのような低い声で命じると、張り詰めていた気が段々と薄くなり覚束ない足取りで大広間を去っていった。 「よく見つけたわねていけつあつ、やるじゃない!でもさっきの密偵に何をしたの?」 「いつものやつだよ。 んで最初に指差した奴は北の方にある古い呪い、ガンナーみたいなもんだ」 親指と人差し指を立てた銃をぐるぐると回しながら腕を組むていけつあつ、陰気な彼にしては珍しいお茶目な姿にミコトはニヤリと目を細めた。 「それじゃあとっとと終わらせるか」 「ね」 真名の呪いの解除方法は呆れるほど簡単で『聖杯の中に互いの血液を一滴入れて水で割って飲む』、たったそれだけなのだ。 「随分とあっけないわね」 「そりゃ聖杯使えば真名の呪いだろうがクソしょうもない呪いだろうが、どんな呪いも大体解呪できるからな」 「こんな事になるならとびきり上物のワインでも持ってくればよかったわね」 ていけつあつが諸王の聖杯に注いだ血液と水筒の水を混ぜていると諸王の聖杯……によく似た金のゴブレットを抱えたミコトが戻ってくる。 「何だそれ」 「崩れた壁の向こうに沢山落ちてたの。どれも未完成っぽいしただの豪華なゴブレットね」 「失敗作って事か」 ……オーバーロードは諸王の聖杯は未完成であると口にしていた。 ならば、崩れた壁の向こうにあったのはその研究の慣れの果てたちだろう。 彼の積み上げてきた叡智も死体の山も歴史も、二人にとってはどうでもいいのだが。 「全部一人で飲まないように分けるわよ、ほら水注いで」 「はいはい、言いだしっぺの法則っていうしな」 ずい、と差し出されたゴブレットに聖杯の水を注ぎ入れる。 移し替えられた水は変色したり匂いが変わったりするということも無い、聖杯同士だからか特に効果が変わることはないらしい。 「諸王の聖杯を手に入れたことを祝って、乾杯!」 「……乾杯」 互いに向き合いゴブレットを掲げ、一気に飲み干す。 血が混じっているとはいえごく少量、その味は樹海の湧き水や宿で飲む水と同じだ。 冒険者になって、人や魔物を倒し、苛烈なる樹海を進んだ果てにあったのは一杯の水。 水はゆっくりと喉を伝って身体に染み渡るが、特に気力がみなぎったり身体が軽くなるような気配は一切ない。 ……それでもなんとなく、これまで飲んできた水の中で一番旨かった。 たった二人の祝勝会は誰に知られることも無く幕を下ろした。 「……解けたか?」 「試してみる?ほら!」 「危ねぇ!!」 躊躇することなく飛んできたミコトの足は紙一重で躱され背後の柱に叩きつけられる。 足先から全身に向かって走る衝撃と鈍痛に眉を顰めるミコトとは対照的に身構えていたていけつあつは『足が痛くない』事に気が付いた。 「……お、痛くも痒くもない」 「!!~~っ……避けるんじゃないわよ!」 「攻撃されると分かってて避けないアホがいるのかよ!ザマァ!!」 嘲笑うていけつあつのみぞおちに勢いのついたこぶしがめり込む。いつもどおり顔をゆがめて悶える姿に大喜びのミコトの髪をひっつかみ、自分にされたのと同じように腹を蹴りつける。 ……オーバーロードとの戦闘よりも激しい反撃の応酬が続き、やがてどちらともなく動きを止めた。 「あー……これでお前ともおさらばか」 「寂しいの?」 「全然、むしろ清々するぜ。そういうお前はどうなんだよ」 「うーん……」 返ってきた問いかけにミコトは珍しく言い淀む。 そもそも最初から呪いを解呪したら別れる話だったのだ、今更引き留める理由もないし別れが嫌なわけでもない。 自然とミコトは壁から吹き込んでくる風の方へ歩き出す。 壊れた壁から見える外に広がっているのは鳥すら飛べないような一面の青と白ばかりで、街はおろか世界樹の生い茂る葉すらここからは見えない。 ……だがここにはていけつあつがいる、そして自分も。 自分も相手もこの樹を登るうちに随分と似て来たものだ。 「少なくとも、貴方と別れても冒険者を続けようと思うくらい刺激的な日々だったのは間違いないわ」 改めてミコトはていけつあつに向き直る。 強風であおられた金髪は青空に広がって、緑の瞳も陽光を浴びて輝き眩しそうに細められる。 随分と美しくなった少女の顔には一点の曇りも無く、青空のように晴れやかな笑みを浮かべていた。 「貴方との冒険、とっても楽しかったわよ」 「……そりゃ良かったな」 「さて!面倒な呪いも解けたことだしあたしたちの街に帰るわよ!」 澄み渡る青空に背を向けると、ミコトは自身の先を行くていけつあつの隣に並び振り返ること無く天空城の最上階を後にした。